NHK大河ドラマ『真田丸』感想-今週の真田丸 第13回 「決戦」 (4/3放送 ネタバレあり)
どうも、なかさだです。
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物語も前半の青春クライマックス編ですか。
今回は趣向を変えて上田城とその近所を攻めてみました。
なぜか不具合で最後まで表示されていないかもしれません。長すぎだな。
NHK大河ドラマ『真田丸』-今週の真田丸
第13回 「決戦」
ご当地大河ドラマだから見るだけでは、つまらんので記事にしています。
*毎週日曜日6時のBSの放映後に更新するので閲覧注意です。
http://facebook.com/nhksanadamaru/
実況はこちら
今回は、まだ、見ておりませんので日曜日に見てから更新したいとは思います。
「真田丸」第12話視聴率は復調17・9% 4週ぶり17%超
戻したか。ふーん、まあ、いいんじゃないかな。
地元情報はこちらから
NHKの公式ホームページです。
真田丸 - 2NN 2ちゃんねるニュース速報+ナビ - 2ch News Navigator
今まで見ていなかった人もここでチェックすれば、丸わかりです。
まずは先週のおさらいから
今回は現在の上田城とその周辺を歩いてきました。
完全に観光ですww
信濃国分寺です。
最近はどこに行ってもこの幟ですかねえ...
すいません、第2次上田合戦の舞台らしいです。間違えました。
徳川軍が来たらしい小諸方面を望む
北国街道の柳町 上田市の旧市街は迷路のようです。城下町ならではですけどね。
旧道かな、この地図
18号線に抜ける道
丸子方面も攻められたみたいでこんなんなってるし。
けっこう山だったです。
小諸城でひと休みしたらしい
さて上田に戻った、これは土塁の跡みたい
湿地帯だったらしいが今は公園です。
観光駐車場ですね。
まあ、こっちからは攻めづらそうです。
岩盤が凄いな
櫓下は立ち入り禁止です。こっちからは攻めるのムリだな。
城内は意外と平らですね。
二の丸御殿のあとから堀を見る。
真田の郷が見えますね。
大手門を横から見た。
なるほど劇中に井戸が出てきたら面白いね。
堀の跡ですかね。
ここも平らでしたが、当時はどうだったのかは知らんなw
堀の跡です。ここも攻めづらそうだね。昔は電車道だったらしいです。
4月に桜が咲くと綺麗ですよ。
上田城の歴史です。
いわゆる すみ落としですかね。
こっちまで見に来る人は、あんまりいませんかね。
石垣だけが残ってますが、当時のものではないですね。
土塁の跡ですかねえ、ここから石投げられたら嫌ですよね。
とまあ、観光してきただけです。すいまてん。
今回の見せ場になりそうな神川です。
この無理やりな幟が観光地って感じしますけど、ただの河原です。
今は雪融けの時期ですが案外水量が少なかったです。
実は観光客に混じって楽しく観光してきただけでしたが、桜が綺麗でした。
ご覧の通りまだ咲いていないですが。
信幸が籠城したと言われる砥石城、何もありませんでしたw
まあ、この中のどれかが出てくるのだろうなと思いますが、どうだろう?
案外出なかったりしても三谷作品だから仕方ないな。
しかし、観光地巡りって楽しいっすねww
甲府から上田まで歩きで23時間37分ですか。
途中で休んだとはいえボロ負けしたんじゃたまんないよな。
諏訪周りだったみたいですね。勘違いしてたわ。
(注意)ネタバレです..................
『真田丸』いよいよ決戦の時!大軍の徳川に妙策を展開する真田、その行く末は…
『真田丸』いよいよ決戦の時!大軍の徳川に妙策を展開する真田、その行く末は…/2016年4月2日 - エンタメ - ニュース - クランクイン!
現在放送中のNHK大河ドラマ『真田丸』。前回放送の第12話では、室賀を暗殺したことにより徳川と対立し窮地に立たされた真田であったが、上杉を頼るため人質として送った信繁(堺雅人)が気に入られ、上杉と手を結ぶことに成功。それを知った家康(内野聖陽)が上田に向け侵攻を開始し、いよいよ第一次上田合戦が始まる所で幕を下ろした。第13話「決戦」では、真田軍2000という軍勢に対し、徳川軍が7000という圧倒的な勢力で上田に押し寄せる。
第13話のあらすじ(NHK公式サイトより引用です)
天生13年(1585年)ついに徳川家康の大群が上田に押し寄せる
越後から戻った信繁に加え、真田家は一丸となって昌幸の計略を実行、徳川軍を迎え撃つ。
梅の機転をきっかけに、信繁は真田家の家紋「六文銭」の描かれた旗を戦場に高々と掲げる。
数倍の敵を相手に、昌幸の策は次々と成功。
真田家は痛快な番狂わせを演じるが、最後にたった一つの誤算が生じる。
信繁が駆けつけた先で見たものは...
第12話「人質」のあらすじ(感想)
信繁は上杉景勝の人質として上田を離れた。
信繁は昌幸とは一味違う景勝に心酔していく。
お梅は無事に女子を出産した。
直江兼次は上杉に沼田を渡せと昌幸に迫る。
しかし、信繁の活躍で上杉から起請文を授かり、正式に臣従することとなる。
これで徳川家康とは縁を切る。
昌幸は手切れの文を送るが、ついに家康は武力行使に出た。
上田城に迫る徳川軍。
圧倒的な軍勢の差に昌幸は新たな策を練る。
信繁は上杉勢に加わり上田を目指した。
簡潔にまとめました。
あんまりちゃんと見てなかったです....
見たまま編集では見れるけど、プレビューで確認したけど長すぎて最後まで表示されないかもなあ.........
どうしたんだろう?はてなブログ??
参考に
天正10年(1582年)3月、織田信長が行った甲州征伐により武田氏は滅亡。甲斐から信濃、上野に及んだ武田遺領は織田家家臣に分与され、武田旧臣の信濃国人衆らは織田政権に臣従した。同年6月に京都で織田信長が横死(本能寺の変)し、織田家と友好関係だった北条家が、北条氏直率いる5万6,000の兵で織田領上野に侵攻し、織田政権の関東管領と目される滝川一益率いる2万を神流川の戦いで撃破し、滝川一益は本拠地の伊勢まで敗走する。これに前後して甲斐の河尻秀隆が一揆により戦死、北信濃の森長可も旧領の美濃に撤退し、南信濃の毛利秀頼も尾張へと撤退すると、織田領である信濃、甲斐、上野が一気に空白状態となり、越後の上杉景勝や相模の北条氏直、三河の徳川家康など近隣勢力が侵攻し、旧織田領を巡る天正壬午の乱が起こる。
甲斐を制圧した徳川家康が南信濃へ、上杉氏は北信濃へ、そして北条氏は上野国から碓氷峠を越えて東信濃へと侵攻した。このとき東信濃から西上野に勢力を保っていた真田昌幸は北条方に属していたが、徳川方の依田氏の工作により離反する。
10月には徳川・北条の間で和睦が成立するが、その和睦条件として徳川傘下となっていた真田氏の上野沼田領と北条氏が制圧した信濃佐久郡を交換することとした。
翌天正11年(1583年)から昌幸は上田城の築城に着手しており、沼田領や吾妻領を巡り北条氏と争っていた。
天正13年(1585年)には家康が甲斐へ着陣して昌幸に沼田領の北条氏への引き渡しを求めるが、昌幸は徳川氏から与えられた領地ではないことを理由にして拒否し、さらに敵対関係にあった上杉氏と通じた。同年7月、浜松に帰還した家康は昌幸の造反を知ると八月に真田討伐を起こし、家臣の鳥居元忠、大久保忠世、平岩親吉ら約7000の兵を真田氏の本拠・上田城に派遣する。
徳川軍は甲斐から諏訪道を北国街道に進み、上田盆地の信濃国分寺付近に兵を展開。これに対して真田方は約1200人であったと言われ、昌幸は上田城に、長男の信幸は支城の戸石城に篭城した。また支城の矢沢城には、昌幸の従兄弟矢沢頼康が上杉の援兵と共に篭城した。
閏8月2日に上田城に攻め寄せた徳川方は、二の丸まで進むがここで反撃を受け撃退される。更に後退の際に城方の追撃を受け、戸石城の信幸も横合いから攻めるに及びついに壊乱し、追撃戦には矢沢勢も加わり神川で多数の将兵が溺死した。この真田方の地の利を活かした戦法により、徳川軍は1300人もの戦死者を出したと言われる[1]。一方、真田軍は40人ほどの犠牲ですんだ。
翌日、徳川方は近隣の小豪族で真田氏に味方した丸子氏(後、真田氏に臣従)の篭る丸子城を攻めるが、これも要害と頑強な抵抗に阻まれ攻略できず、以後20日間程対陣を続ける。この間に上杉勢援軍との小競り合いや更なる増援の報に接し、家康は援軍(井伊直政(一部部隊は当初より参陣)、大須賀康高、松平康重の5000)を出すと共に一時撤退を下令、これを受け徳川軍は28日に上田より撤退した。その後も、大久保忠世ら諸将は小諸城に留まり真田勢と小競り合いを繰り返すも、11月には譜代の重臣石川数正が豊臣家に出奔する事態に至り、完全に撤退することになる。
合戦の記録は真田家の『真田軍記』ほか、徳川方の『三河物語』にも記されている。この戦いで昌幸は優れた智謀であると評されることとなる。また、この合戦によって徳川家康の真田氏に対する評価は高まり、結果として本多忠勝の娘である小松姫を真田信之へ嫁がせて懐柔するきっかけともなった。
真田氏はその後豊臣政権に臣従しており、上田合戦に至るまでの諸勢力との外交や数ヶ郡を支配する勢力拡大は、真田氏が小領主から大名化していく過程であると指摘される。
上田市立博物館には、神川合戦の合戦図が所蔵されている。
なお、この上田合戦に連動して天正13年(1585年)9月から天正14年(1586年)5月まで間、沼田城にも北条氏が数回に渡って攻撃を仕掛けていたが、昌幸の叔父にあたる城代矢沢頼綱(矢沢頼康の父)が撃退に成功している。
第13回「決戦(けっせん)」
いや、まだ見てないんで知らないよww
日曜日にならないと分からないけど上田合戦が主な内容なのは間違いない。
見たら更新しますよ。多分。
見逃さない限りは。(3/31)
4月3日、午後6時放送の早丸(BSプレミアム)を見ながら書いています。
毎週かなりさらっと見ているので抜けてる部分もあるかもなあ。
今回は名セリフあるんだろうか?
徳川家康との決戦が目前に迫っていた。
援軍の質の悪さに驚く信繁
直江黒すぎるww
どこの城なんだ、ここ?
家康は舐めきってるけど当然か
信尹?
真田を捨ててわしの家来になるか?
わしはお主を買っておる
捕まってるし
神川沿いに陣を張る徳川勢
鳥居元忠が今回の主役か
上田城下のシーン
街全体を要塞化してる
毎週そろって女性陣ぶち壊しだなw
ばばの話は真に受けないように
お梅のおっぱいは見られないようだ
では策を伝える
餅か
こうやってこうやって細く長く伸ばしていけば相手を簡単に切り崩すことができる
切り崩すことができる
だが駒が一つ足りないのじゃ
父上~~!!信繁が戻った
勝った
信行は砥石城に籠城し、退却した徳川勢を側面から攻撃
作兵衛は上田城下に伏兵し、敵を混乱させる
大手門まで敵を引き入れ二の丸まで誘い込む作戦か
本丸で昌幸は逆襲を仕掛ける
退却した徳川軍を出浦氏が神川を決壊させて退路を断つ
ようやく自分の子と会う信繁
逃げ遅れた子供に話しかけるお梅
どんなお守り?
六文銭(お守り)と銀を交換か
お梅ちゃんからお守りよ
六文というのは三途の川の渡し、これで悔いもなく戦える
夜明けとともに囲碁を打つ昌幸
佐助の合図で作戦開始
のぼうの城で見たようなシーンだな
歌で相手を挑発か(高砂)
徳川勢に追われる信繁
お乳をやってきます!!側室が城の中にいないって考えられないんだがw
今回エキストラ多いな
投石か、きついなコレ
今でも狭い海野町でこの人数は多いよな
殿
まだ、まだ
大手門に入った
信繁忙しいなwwなんで撃たれないんだろうww
上田城内の真田の総攻撃に徳川は退いた
援軍に来た信行
神川決壊 動揺する鳥居元忠
なぶり殺しだな
さすが父上じゃ~!!勝鬨の名乗りを上げよ!
エイオー、エイオー!!
これで家康は引き下がるかのう
いや長い戦いになりそうじゃな
作兵衛生きてたのか
唯一の誤算って、お梅死んじゃったのか、そうきたか
ちょっとありえなさすぎる展開
きりが出ると誰か死ぬな、これは覚えとこう
まとめ
この戦いには裏があるような気がしてならない。
自分の力で城さえ建てられない貧乏国衆の真田氏が、戦の装備を整えるのには軍資金が必要だったはず。
金は出すけど上杉は兵を出さなかったのか?
あるいは、もうこの段階で裏で秀吉とつながっていたのだろうか?
野戦巧者で武田軍以外には負けたことが、ほとんどない家康が昌幸を軽く見ていたとも考えずらいし。単純に家臣のせいなのだろうか?
何しろ5倍以上の兵力である。
歴史的資料はあるだろうけど、いくら地の利を生かしたからといっても、あの徳川軍が大打撃を受けるとは考えづらいのだ。
まあ、ドラマを見て判断することにしようかなあ....
(3/31)
どうでもいいけど大坂編面白そうだな。
今回はセリフが少なかったんで見るのもラクだったけど、合戦シーンは予想通りショボかったなあ。
まあ、せまい路地に敵を追い込みつつ逃げるシーンだったので、仕方ないのか。
CGを使って派手にやるのかと思ったら、とんでもなく地味で逆に驚いたわ。
最近の映画とか見慣れているとちょっとなあ....
もうちょっと盛り上がるのかと思ったら、思った以上に地味だった印象。
宣伝で盛り上げといて、内容がこれではちょっと頂けないかなあ。
あっさりすぎて制作費かかってない感じでしたね。
こういうところこそ 大河ドラマの見せ場だと思ってたので残念かな。
やる気あるんだろうか三谷幸喜?
主観だが、毎回戦場を描かないのはセンスが無いのを自覚しているのかもしれないね。
来週からの人間ドラマに戻ったほうが話としては面白いかもです。
もう1回見なくていいかな今週はw
第14回「大坂」に続く
コレ分からねえな。
参考記事
「真田丸」ビビりな家康が生まれた訳 屋敷CP「偉人を逆算で描きたくなかった」
堺雅人「三谷さんの脚本は人が亡くならないのに面白い」
<星野源>「真田丸」で大河初出演 三谷幸喜の指名で徳川秀忠役
それでは、また来週。
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